これは榊龍之介と北河和巳が遠山桜に出会う少し前の話。
「夕食……何食べます?」
「任せる」
「この辺の名物でもどうです?」
「何がある?」
俺はこの辺については全く詳しくないからな。
「いろいろありますよ。海老を揚げて味噌を塗ったものとか」
一手目から不思議な品だ。何故海老に味噌を………?
「豚を揚げて味噌を塗ったものとか」
だから何故だ。
「うどんを味噌で煮込んだものとか」
………………。
「あと味噌とか」
「いいな、目移りする」
名物となっているからには確かに美味いものなのだろう。
「北河」
「…………」
「鳴神虎春ですが――――――」
「虎春とは――――――」
「雲耀破り――――――」
さて、話し合いも済んだ。
それじゃあ――――――
食事処を探すとするか。
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「休息のひと時」
「なあ北河」
「………なんですか?」
「本当にここで食べるのか?」
「落ち着いた雰囲気でいいじゃないですか」
それはそうなんだが。
「誰もいないぞ?」
客どころか従業員までいない。
しかし電気の類は点いているし、「OPEN」の札もかかっている。
「……し、静かに休めていいじゃないですか」
不気味なほど静かなのが気がかりなのだが。
「………………」
「龍之介………しょうがないですよ」
「まあな」
どうしようもない事情なのは確かだな。
~数時間前~
「時間は早いですが駅で食べていきましょうか」
事は北河が夕食の場所を提案したところから始まった。
「ああ、別にいいが………何で駅なんだ?」
「今日泊まる場所で食べてもいいですが……せっかくなので名物ならば街中で食べたいじゃないですか」
「で、駅だと?」
それは街中なのか?
「駅と言っても名古屋駅ならば数々の店舗が並んでますからね。労せずたくさんの、かつ名古屋名物を探すことができますよ」
ふむ………三拍子そろっていていい感じだ。
「それじゃあそこに行こうか」
「ええ。………ただ、宿からは離れていて往復は厳しいので、食べてから宿へ向かうことになりますが」
まあ、そのくらいならいいだろう。移動している間に腹も減るだろうしな。
おそらく、それが間違いの始まりだった。
†††
「人が多いな」
「多いですね」
「時間帯のせいか?」
「ジャスト混雑時ですからね………」
「………行くのか?」
「もちろんです。ここまで来た手前行かずにいられますか!」
「おい………」
呼び止める間もなく北河は歩き出してしまった。
帰宅ラッシュなのか、恐ろしく混んでいる名古屋駅。
そしてその中を歩く北河。その背には巨大な楽器ケース。
せかせかと人が縦横無尽に歩き回る中、その巨大さは遠くからでも目立つほどだ。
というか急がなくては俺が置いていかれてしまうな。
「北が―――!?」
横から歩いてきた通行人にぶつかりそうになる。
とっさに下がって避け、軽く侘びを入れる。
いかん……これじゃあ北河に追いつけない――――――ん?
北河はほとんど前進していなかった。
………よく考えれば当たり前かもしれない。
大都市の駅、それも大変混む時間に大きな荷物を背負って歩くよそ者。
思うように歩けるはずもないじゃないか。
というより――――――
「北河」
こちらのほうが身軽なのでなんとか北河に追いつき、軽く息を整えながら聞く。
「お前……この駅の道、わかるのか?」
これだけ広い駅の構内を初見で歩き回れる者はそういない気がするんだが。
しかもこれだけの混雑で視界もきかない状況で。
「…………わかりません」
そうだろうな。
†††
結局、荷物は宿に置いてくることにした。
その方がいいと判断したんだが………。
「もう駅には戻れませんね」
「そうだな」
時間も遅くなり、何より疲れているから、という理由で早めの夕食としようとしたのにここまで苦労していては意味がない。
「では、この辺りを少し歩いて適当に探しますか」
「ああ」
そして、宿から歩き始めて数十分たったころ。
「うわっ……龍之介、急ぎましょう!」
「ああ…………!」
雨が降り始めていた。
どうせ身軽になるなら、と上着も宿に置いていきここまで出てきた。
季節が季節だとも思ったが、今日はそこまで冷えることもなかったので油断していたが……雨が降るとなっては話が別だ。
「どこか飲食店に入って夕食をとりながら雨宿りしましょう!」
そうだ、早くみつけなければならない。
そもそも俺達はただの観光や旅行でここまで来たわけではなく、目的がある。
道場破りという目的が。
それなのに、こんなところで……。
『混雑・雨・疲労による風邪に阻まれ失敗』
ダメだ。そんなのはいくらなんでもダメだ。
「早く……どこでもいいから早く……!」
そして――――――
「龍之介!ありましたよ!」
時間軸は現在に追いつく、というわけだ。
†††
「仕方がない……といってもよく考えれば失礼な話だ。ここに入ろう」
「まあ……確かにそうですね」
店の前まで来てなかなか入ろうとせず、しかもその店の前で不気味だ、などと言うのは思慮に欠けていたかも知れない。
侘びの気持ちも込めてたくさん食べていこうか。
そう思いつつ店の扉に手をかける。
―――カランコロン
扉を開くと同時に、おなじみの軽い音が鳴る。
内装は食事処というより喫茶店のような雰囲気で、洋風な感じがする。
そして店員は――――――
「い、い、いらっしゃいませ~~!」
何故か厨房から出てきた。
ウェイトレスの格好に、大きなエプロンとコックの帽子を載せて。
とりあえず、安心安全に飯が食べれることを祈るしかなかった。
†††
どこかたどたどしいウェイトレスに案内されて席に着く。
別に案内されずとも埋まっている席が一つもないところが悲しげだ。
「当店、落ち着いた雰囲気を楽しめるために、席の配列には気を使っております」
とりあえず、コメントは控えることにする。
ウェイトレスは付けていた大きなエプロンを外し、帽子を手に持ち会釈した。
するとコックとウェイトレスのミックス衣装から一転、ショートカット・半袖・ちょっとミニめのスカートと白い腰に巻くタイプのエプロンという、純正ウェイトレスの格好になった。
混乱するから、最初からその格好でいて欲しいんだが。
「当店店長のお勧めは味噌パスタでございます!」
何も気にしていないかのような店員の言葉………まあそれほど気にすることでもないのかもしれない。たぶん。
ウェイトレスは壁に張ってあるポスターを指しながら言っている。ふむ………名物か。
「じゃあ俺はそれにしよう。北河はどうする」
「では私もそれで」
「かしこまりました~!」
明るい声で返事をして、厨房へと引っ込むウェイトレス。
「何だ普通じゃないか」
「そうですね……何故誰もいないのかが不思議ですが」
「そうだな」
そして、厨房へと引っ込んだウェイトレスは一言も発することなく、数分経っても戻ってこなかった。
「何故ですか!?」
やはり不思議だ。
注文をコックに伝える声がしない……というのはまあわからないこともないとして………。
「水すら運んできませんね………」
というか、厨房にこもるウェイトレスなんて聞いたことがない。
なんてことを考えながら二人して首をひねっていると――――――
「お待たせしました~!」
「来ましたか………」
「来たのはいいんだが………」
またしても格好はコックとウェイトレスのミックス衣装である。
それに加えて、できた料理も運んできている。
しかもそんな小回りの利かなさそうな格好で小走りでこっちへ向かってくる。
接客に張り切っているのか、はたまた遅らせまいとしているのか。
理由はともかく――――――その結果が透けて見えるような急ぎ方だった、とだけ言っておく。
「龍之介!!」
「………熱い」
俺は味噌パスタとやらを頭からかぶっていた。
理由は語るまでもないか……運んできた店員が俺達のテーブルの前で見事に転び、宙を舞ったパスタは見事に俺の頭に着地した……ただそれだけだ。
「貴様ぁあああぁぁああ!!龍之介に何をする!!」
「ふわわあああわわ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
北河が両手を振り上げてウェイトレスに怒鳴り、ウェイトレスはただひたすらに頭を下げていた。
………というか北河、よく無事だったな。無傷じゃないか。
「龍之介がこれで大きな怪我を負ったらどう責任をとるつもりだっ!!」
「すみませんすみませんごめんなさいすみませんごめんなさい――――――!」
ふと、テーブルの隅にフォークが置いてあるのが見えた。
「……………」
食べてみよう。
もったないないとかせっかくだからとかそういうのを差し置いて………おいしそうだった。
頭に載ったパスタをフォークで少し巻きとって口に入れる。
「……………ふむ」
クリームスパゲティのような風味だが、味付けは味噌。
しかし美味い。味噌がスパゲティに合うとは思わなかった。
いや………作り方が上手いのか。
「北河」
「どうしました龍之介!?どこか痛みますか!!?」
奇跡的に無事だった北河の分の皿をフォークで示してやる。
「食べてみろ」
「…………は?」
「食べてみろ」
「いや……でも龍之す―――」
「いいから食べてみろ」
「……………龍之介がそう言うなら」
渋々、といった風情でフォークでパスタを口に運ぶ北河。
「―――!」
「どうだ?」
「これは………おいしいですね」
「そうだろう?」
このセリフは俺が言うべきものじゃないかも知れないがな。
そう、言うべき人間はもしかしたら――――――。
「これを作ったのは君か?」
「え………は、はい」
「あなたが!?」
「そうか………うん」
もう一口パスタを口に含む。
「おいしいよ」
「……あ……あ、ありがとうございます!」
頭に熱いパスタが乗っかってはいるものの。
目の前で真っ赤な顔をしながら話すコック兼ウェイトレスを見ていて、とても落ち着いた気分になるのを感じた。
†††
「つまり、この店は親戚から譲り受けたものだと」
「はい。自分で店を開くのが夢だったんです」
「うん、いい選択だと思う」
「ありがとうございます。………でも、この通り私おっちょこちょいで………今日開いたばかりで店員も私しかいませんし」
「今日から!?その割には慣れているように見えましたが……」
「店を始める前からずっと練習してましたから」
「そうか……努力家で器用、か」
いい組み合わせだ。それは才能なのだろう。
「だから、どうにかしてこのコケたりする癖?を直したくて…………」
「そうですね………」
北河が俺の様子を窺ってくる。
ああ、そのくらい大丈夫だろう。俺もそのつもりだ。
「俺達は剣道をやっているんだが」
「?はあ………」
切り口が突然すぎたかもしれないが……まあこのくらいがちょうどいいだろう。
「流石にウェイトレスにすり足を教えたりしても意味がないが………ある種の精神集中の仕方というか」
「落ち着き方のコツのようなものを教えることはできるでしょうね」
「ついでに、少しであれば店の手伝いをしてもいいと思っている。ここには長く滞在する予定だったからな」
「え………?」
「もちろん、遠慮するも遠慮しないも君に任せるよ」
「あ…………あの……いいんですか?」
「もちろんです」
「美味かったからな」
そのときのウェイトレスの顔はどう表現すればいいものだろうか。
そうだな………今日始めてあった人のはずなのに、この顔を見るために頑張りたいと思わせるような顔、と言ったところか。
「是非………お願いします!」
「決まりですね」
「ああ」
大変な目に遭ったりもしたが、なかなか収穫のある一日だった。
そして翌日。
猪口道場に戦いを申し込みに行った彼らは、目的のための一歩を踏み出すことになる。
その後、わずかな休息と準備の間、名古屋の街中、とある場所で働く彼らの姿があった。
二週間というわずかな時間だったが、それは双方にとって実りある時間だったに違いない。
二週間後、すっかり繁盛し店員も集まり明るい店内。
活気は増しても、落ち着いた雰囲気は変わらないのは矛盾していることではないのだろう。
そして彼らは店を出る。
彼らの目的へとさらに進むために。
「また、食べにくるよ」
「頑張ってください」
剣を携え、言葉を残して―――。
<あとがき>
わかる人はわかったんじゃないでしょうか?
はい、そうです。一巻の扉絵の部分をssにしてみました。
ここだったら流石にどんなネタともかぶらないだろうと判断した結果…………なんかただの妄想劇場と化したような(爆
え~………原作は短剣道漫画ですよ?念のため。
勝手な設定つけまくって申し訳ない;;
っていうか、単行本派なので連載の方で二週間の間の話があったらスミマセン……
ifの世界ということでひとつよろしくお願いしますm(_ _)m
ちなみに「†」この記号
短剣符っていうんだって
ぴったりじゃない!?
どうでもいいですかそうですか…………
と、いうわけで楽しんでいただけたならば幸い!
「しなこいっ」の方にも興味を持っていただけれはさらに良し!
ではでは、今回はこの辺で。
バイバイっ
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